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鬱でダウンした社畜、復活(社会に)。12か月の沈黙を破って

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 私は、元社畜。職場のパワハラや過労で軽度の鬱になった者です。その後、その会社を退職し、うつリワーク向けの就労支援施設に通ってました。今回の記事は、うつで会社を退職した社畜の社会復帰の実話ストーリーです。私は12か月ほど無職でした。が、今では、非正規ですが、社会保険料と所得税を給与から納めてます。この間は、得た給与で伊豆に泊まりで温泉旅行にも行きました。うつで、社会復帰を懸念している人の灯になればうれしいです。

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私は、2年ほど前、職場でパワハラトラブルがあり、睡眠不振や食欲減退、夜の強い不安症状が現れ、8週間ほど休職しました。鬱の苦しみは、生半可なものではなく、なかなかヘビーでした。その後、不安症状とつきあいながら会社に復帰しましたが、復職後どういったことか賃金を16%も減らされてしまいました。

 そんな受難もありで、ドクターから長く働ける職場に就労するためにうつのリワーク向けの施設の通所を勧められた流れですね。就労移行支援施設に通所するために会社を辞めました。

 就労移行支援施設では、CADや英語、エクセルやワードなどの操作をe-ラーニングで学んだり、応募先の選定や応募先に送る履歴書の添削、面接対策や面接時の質疑応答の練習などをしておりました。私は、うつのリワークと言っても、風呂キャンセル界隈ほど重くはない。オープン就労など、簡単にいくだろうと思ってました。

 が、しかーーーーし、世の中甘くないものです。オープン就労の案件には、20数社応募しましたが、なかなか難しいものですべて玉砕してしまいました。履歴書の添削までしてもらった上で、応募しているのになにゆえ?おそらく、日本社会では、精神疾患に対しての偏見はまだあって、企業さんとしては、適応障害などのメンタル疾患者より、身体的な障害の人をオープン就労で取りたいのでしょう。

 日本は、パワハラ大国で、精神疾患に陥らせるファクターが多い。

 

集英社 週刊プレイボーイ 「橘玲」のコラムより引用

 にもかかわらず、精神疾患の人をのけものにするのは、ハードモードな社会と思う。

その上で、生活保護や社会福祉を受けず、とにかく働いて自助努力しろというのはもうハードモード。こりゃ、自殺率は高くなりますわ。

 うむ、これでは自国を下げざるを得ない。これじゃ、「青年よ、大志を抱け」ではなく、「少年よ、死を抱け」とクラークなる。日本人のメンタリティーや不寛容さが改善することを期待しますぜ。そして、社会福祉やセーフティーネットも。

 さて、お話を戻します。いつまでも就労しないわけにもいきません。この世知辛い日本社会を私なりに泳いで行かなければいけません。

「働かざるもの食うべからず」という価値観が強い日本社会、「勤労は美徳なり」という価値観がある日本社会、「苦労は買ってでもせよ」という日本社会。

 働いて、働いて、働いてまいります。しかし、働くところがない。

応募活動初めて5か月。苦肉の策で、オープン就労(うつのリワーク向け)を諦めて、一般のクローズ案件も応募し始めました。並行して、タイミーにもチャレンジしました。このことは以前の動画にもアップしてます、よろしければそちらもどうぞ。

  タイミーのアルバイトをしながら、一般就労の仕事案件に応募していく中で、某冷凍倉庫のパートの仕事に応募しました。こうした物流や倉庫の作業は、職歴にあったので、採用されやすいと踏んだのです。見事に採用されました。

 約1年のブランクはあったのに、採用されました。クローズ就労は5件目の応募でした。翻って、オープン就労は20数件応募して、けんもほろろでした。面接では、「ブランクの期間何をしていたのか」などは問われませんでした。面接で履歴書を提示した後、質問されたのは、「冷凍庫での作業経験はあるか?」「服のサイズはどのくらいか?」「午後が人が足りないので、昼から夕方までの時間帯で働けるか」といったことぐらいでした。

 しかし、容赦や配慮などない一般就労で働くことになりました。日本社会は、世知辛いけど、職歴があり、かつ人手不足も業界ならこんな30代後半のブランク男でも職にありつけたりするのですね。それはいい。

 

神が与えし、試練。極寒の冷凍庫での作業

こうして、一般の就労案件にありつけたわけですが、されども一般就労。配慮なし容赦なしです。

ここで、この職場のステータス。

 時給は1450円でちょっと高め。

 労働時間は、12時から20時半まで(正社員の人は、8時から22時までだという、驚き)

 休憩時間は途中60分、しかし休憩室は無い。

週4日勤務

職場は自宅から50分、駅から1.5キロ

残業は月に2時間程度

業務内容、-20℃の冷凍庫での、冷凍食品やアイスの入出庫作業(ピッキング作業や棚への補充)

 ここの職場は、ブラックというほどではありませんが、めっちゃいいホワイトとも言い難い。そんな職場です。

 ホワイトな点は、ノルマが無い点ですね。物量の倉庫の職場には、1時間あたりの作業量のノルマがあったり、業務量が過多の運行スケジュールがあって、事故を誘発しそうなほど忙しかったりという職場も過去にありましたが、こちらはそういったきついノルマを押し付けられることがなく、余裕を持って今のところ作業はできます。あとは、土曜や日曜も稼働してて、シフト制ではありますが、出勤スケジュールはこちらで指定できるということです。

 また、60分の作業時間ごとに10分の休憩を取ることもできます。

きついところ、-20℃の極寒の作業環境

 

 こちら-20℃の冷凍倉庫の作業ですが、物理的につらい。こんな寒さだと防寒着来てても、鼻水が出てくる寒さです。手袋は必須、マストアイテム。ピッキングの時にアルミの脚立を触りますが、冷えた金属を手で触れると、張り付きそうな寒さです。1時間半も連続で作業してると、手袋してても、手先がジンジンと冷えて痛んできます。耳も冷えてきますね。そうして冷えた手指をあっためるために1時間ごとに10分の小刻みな休憩があるのですね。夏は作業所の外は暑いので、あったまるスピードは速くて助かりますわ。

 

仕事でのついた自信はメンタルの薬なのか

 仕事は、きついです。けど、3週間ほど続けたら、全体的にメンタルの調子は安定してきました。不安感は、作業中などに発露するのですが、全体的に底上げされた感じはします。以前に比べて、不安感は小さくなってきました。おそらく、仕事が継続して「なんだよ、俺はまだできるじゃねえか」と自信になったからだと思います。当初は「元々うつで、不安症状を抱えている身で1日7時間も、ちゃんと働けるか」不安はありました。でも、「案ずるより産むが易しで」意外とできました。作業中に不安が強くなれば、不安のための頓服薬もありますし。

 あとは、昭和平成の価値観や親や教師の教えでしょう。「働け、働くことが尊い。自助努力する者が幸せになる」そういった教えのためでしょうね。自助努力できたことによるデイスりやバッシングの回避からの安心。そういったところもあるでしょう。

 仕事に行くときの、電車の車内では、曇天のような心持ですが、帰りの電車は心は、羽みたいにウキウキですね。仕事ってもんは、やはり責任ってもんがあるから、ちゃんとミスせず、叱責されず、無事1日を終えることができるかが不安なのでしょう。仕事は終わると、成し遂げた、やり遂げた感があり、スカッとするのかと。

 また、これからの収入のメドも立ち、その点も大きい。やはり、自由に使えるお金が増えたりや貯金ができるとクビになったり、病気になってしまったり、不測の事態があった時の備えになりますし、安心材料にはなります。食うために、着るために、病気を診てもらうためにお金は要ります。闇金牛島くんのセリフ「世の中、金がすべてではない。が、何をやるにも金は要る」とはよく言ったものです。

 なんとか、自分で働き、賃金を稼ぎ、飯を食う。そんな当たり前に見える、でも、けっこう大変な行為。この日本では、「働くのは死にやまい」。なので「働けてるだけでもえらーい」「できる社員にならなくてもOK牧場」と自分を肯定します。

こちらが、証拠の給与明細のデータです。うむ。ちゃんと所得税と厚生年金を納めてる。なんと尊い。2年ほど前、医者から軽度とは言え、「うつ」と診断された者がここまでできるとは。

えらい、よく頑張った。鬼滅の刃、虫柱、胡蝶しのぶを褒める上弦の鬼童磨の如く、自分を称賛します。

 おかげで、新幹線にも乗って、愛知県から伊豆に旅行にも行けました。このすごいところは、在来線ではなく、新幹線という特急列車を利用し早く行けたという経済的な点がまず一つ。

 そして、新幹線で移動するにあたって、それほど不安にならずに、乗車できたという点です。細川てんてんさんの漫画「ツレがうつになりまして」という作品では、うつになった旦那さんが、新幹線を利用した際にパニック症状が出て、往生するのです。

朝日新聞出版 「ツレとてんてん、うつの先生に会いに行く」より引用

わたしなんて、メンタルの調子がどん底だった時は、新幹線どころか、名鉄の特急電車の車内でも、「またあのきついパニックがでたらどうしよう、怖いね」と予期不安が走ってしまい、往生こいたものです。あの「もし、キチガイになって、コントロール不能で恥ずかしいことをやってしまったら」というプチパニックは、腹痛以上の苦しみで体験したものでないと想像つかないかもしれません。今回、そういったパニックや不安が小さくてスムーズに新幹線で移動できたという精神的な点もグレートでした。

こちら、旅先の伊豆半島の下田で乗船した港湾周遊船の「サスケハナ」号ですね。ペリー提督が乗ってきた船みたいです。この旅の動画も改めてアップしようと思います。

まとめ、明けない夜はない。夜明けは意外と近いかも

 メンタル疾患、うつはなかなか治らなかったり、ぶり返しがあったりで、「一体、いつになったら、良くなるのか」「こんなんで社会復帰できるのかいな」と悶々と悩んでる方もいるでしょう。私も、メンタルの改善に関して五里霧中で、先行きは不透明だったことはあります。

 ですが、かつての横綱、朝青龍は言った。「明けない夜はない」と。

かつて、うつやメンタル疾患で塗炭の苦しみを味わい、悶々としていた私の心境が変わり、復職できたり、新幹線で旅行に行けるほど良くなったのです。メンタルの調子が変わると、心にゆとりが持てて、見える世界が変わりますぞ。

 私は、良くなったと言ってもまだまだ治療途上です。仕事中に不安は出たり、まだ完治とは言い難い。ですが、腐らず、希望を捨てずに生きていきたいっす。

 今回の動画が面白かった、ためになったと思ってくれた方は、高評価やチャンネル登録をお願いします。

予告、日本のお家芸であり、職場の悩みのたね、その名はパワハラ

追伸、このストーリーには、まだ伝えたいことがあります。それは、パワハラです。昭和・平成時代から伝統の如く連綿と続く、日本のお家芸。13年ほど前からクローズアップされ、令和2年になって「パワハラ防止法」が施行されても、まだまだまだまだ、、、、労働現場にいます。この間は、横浜市長もパワハラ認定されましたな。当然、我が職場にも。

中日新聞 朝刊 令和8年1月15日 より引用

日本には、「怒鳴られて当然、職場には厳しさが必要。」というセンスの方々が、まだまだいます。こういったメンタルとお肌の天敵のような人からのストレスの受け流し方や対処法の動画を続編として、お届けしたいと思ってます。

この動画を作成してる時点で、3か月ほど、今の職場を継続してます。パワハラの人たち、どう御してるか。うん。ご期待くだされ。

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